春と言えば桜。今は関東が桜満開の時期を迎えている。日本各地に桜の名所はあるが浦安にもたくさんの綺麗な桜が咲いている。

浦安市内ではどの公園でも大抵は綺麗な桜が楽しめる。 中でもたくさんの桜が楽しめるのは以下の通り。

  • 高洲中央公園
  • 浦安中央公園
  • 若洲公園
  • 境川沿い
  • 見明川沿い
  • さくら通り
  • 美浜公演
  • 海楽公演
  • 境川テラス
  • しおかぜ緑道

公園でのんびり桜を見ながらお弁当も良いが、車や自転車でいろんな市内の桜を見て回るのもなかなか楽しい。お散歩のついでにおすすめしたい。

公園で楽しむ以外に川沿いの道に沿う桜並木はおすすめの散歩道だ。

境川に架かる橋から見る桜もとても綺麗。

桜といえば単に綺麗なだけでなく、どことなく哀愁が漂う。それがまた桜の魅力だ。 桜を見ながら想いに耽ると、いつものは見えないものが見えてくるような気がする。お花見はお天気が良い方が良いという一般論はあるが、雨の中の桜はその真の魅力を一番に表現しているように感じることもある。

例えば、金閣寺より銀閣寺が好きな方々、銀閣寺の本当の素晴らしさを理解できる方々は、きっとより桜が好きなのだろう。

桜にはその美しさの向こう側に日本人が大切にするわび・さびの文化の象徴が宿っているように感じる。 侘びや寂びという日本人独自の考え方は、恐らくどの言語にも正確に翻訳できない。言葉は文化であり、文化を象徴する言葉は、その文化でしか表現できない。 それだけ特殊で曖昧な存在であり、日本人であることの素晴らしさを感じられる部分である。

「侘び」は「侘ぶ」という動詞の名詞形で、元々は「わびしい、悲しい」という意味である。

「寂び」は「寂ぶ」という動詞の名詞形で、こちらの意味は「さびていく、廃れていく」というようなことで、「侘び・寂び」は、どちらも否定的な感情表現の場で使われている。

しかし、日本人は古くから、物悲しい様に美しさを見出してきた。 その代表格が散りゆく桜である。自然界でも生き生きとした自然より、むしろ命が終わる様に情緒と、心の奥の感情を見出してきた。

茶道では千利休の「侘び茶」があるが、その際に利用される茶室や茶具は、質素で豪華さとは無縁である。何もない所だからこそ、精神を高めることに集中することができ、「禅」の思想を体現することができる。

日本の伝統宗教や伝統行事は、見た目の豪華さではなく、精神性や静寂を重んじており、これもまた「侘び・寂び」なのである。

これが、日本人特有の価値観を形成しており、桜はそれを見事に表現するものである。

夜に見る(散りゆく)桜は、さらにその深さを増してみせる。

最後の一咲きの桜を今週末は楽しんではいかがだろうか。時を超えた日本古来の魂を感じることができるかもしれない。